物語を書く時、「ただ面白い話を描けばいいのか」と迷うことはありませんか? 多くの読者を惹きつける小説には、著者自身の生き方や信念が無意識に息づいています。
あなたが歩んできた人生、心を動かした瞬間、そして胸の奥にある価値観――それらが物語の芯となる時、言葉は生き始めます。
この記事では、あなた自身の“世界観”を作品に活かし、読者に自然と伝わるようにする技術を紹介します。
あなたの“世界観”とは?
人は日々のくらしや仕事、人間関係の中で「自分はこうありたい」、「社会はこうあるべきだ」と感じる瞬間があります。その積み重ねはやがて信条や人生観となって、あなた独自の“思想”を形づくります。
小説でいう思想とは、難しい哲学とは違います。あなたが大切にしている生き方の指針、つまり世界と人間をどう見つめているか――その視点こそが“思想”と呼べるのです。
学問や倫理上で、理論や学説を思想の一例として挙げられますが、個人的なものの考え方も思想に属します。わたし自身も作曲家として音楽活動を長年続けてきましたので、その経験を活かして魅力を発信しようと“音楽小説”に取り組んでいます。
硬く考える必要はありません。日頃から自身で思っていることは個人で必ずあるはずです。外には発信していなくても信条として胸に秘めていることも思想に属すると考えてよいでしょう。
小説に活かせるあなたの思想・メッセージ6選
では、どんな“思想”を物語に投影して、読者に読んでもらうことができるのか、わかりやすく例を挙げて解説してみます。
1.物事の楽しみの紹介
仕事や趣味、ライフワークで自分で楽しく取り組んでいて、「○○のおもしろさを知ってもらいたい」という事例があれば、その普及にもつながることになります。この○○はあなたが魅力を伝えたいものであれば、公序良俗・常識に反するものでなければどんなものでもよいでしょう。
👉例:自身でおもしろいと感じたもの
乗馬に凝っている/毎日散歩することが何よりも好き/竹細工の魅力を伝えたい/休みの日には必ず知らない町に出かけてその地の名物を食べる/東海道・中山道・日光街道・奥州街道を何か月もかけて制覇した/色々なお酒を飲み比べる など
2.激励と勇気づけ
よくできた作品は「この小説を読んで勇気をもらった」などの感想をよく読者からもらうことがあります。世の中には様々な要因で悩み、苦しんでいる人がいます。そうした人たちの心をやわらげようと、少しでも救いたい想いで勇気づけを意図した小説を見かけます。
👉例:
●高等学校のサッカー部に入部し、苦しいことにも耐えながら全国大会での優勝を勝ち取ったある高校生の物語。苦労を超えた先には悦びが待っていることを表現したもの。
●極度な自閉症に苦しむ10代の男性。小学生の時に友人のいじめが原因でずっと苦しんできたが、高校卒業と同時に社会に出るのがますます怖くなり、家に閉じこもってしまった。一人だけ無二の親友がいるのだが、気にかけて何とか社交的にしようと外へ連れ出そうとする。最後は唯一その男性の好きなアニメの著者と会う機会をつくり、男性はそれを励みに勉強を続け漫画家を志す。

同じ様に社会復帰を望む境遇にいる方々は、上記のような物語を読むことで、自分の可能性を考えるようになります。読んだ本人にとっては勇気ある一歩を踏み出すきっかけとなる価値ある作品になりますね。
3.“苦悩と喜び”の経験から生まれるもの
自信のない人、ネガティブ思考な人にとって、「人生は悪いことばかりではない」と思わせる作品を書くのもおすすめです。わたしも、「人生で苦労ばかりしている人もプラス思考で生きていくことが運気を上げる」ことを示唆する作品を書いています。
👉例:
●ルーズな性格で、社会的ルールに敢えて馴染もうとしないいつも食べてばかりいる20代の女性。男友達もいなく、働くのも億劫で家にいるばかり。母親に強制的にアルバイトに出されるが3日と続かない。ある時、レジ対応中の客からひと目で気に入られてしまい、本人も悪い気がせずにとうとうプライベートで食事に行くことに……。仕事中は要領を得ず、向いていないと思い込むが、恋愛のほうは順調で結婚まで発展していく。
●演劇鑑賞が好きで、大学を卒業後に放送作家をめざそうとする男性。登竜門である脚本コンクールに応募しては落選を繰り返している。ひと通りのノウハウは具えているものの、今ひとつ成果を出せないでずっと悩んでいる。プロの脚本家にも指導を受けていたが、今回で5回目の応募であったが、やはりあと一歩という講評であった。嘆き悲しむ男性は、もうあきらめようと断念しようとしたが、そこに救いの神が現れる。はたして……。
4.人間関係などからくる精神的苦痛からの解放
学校や職場での人間関係に悩む人はとても多いです。一人の人間関係で精神的な負担を負っている場合の解決に向けた物語は読者の共感を誘います。これには読者の境遇に寄り添ったストーリーにしていくことが求められてきます。現実に近いケースを織り込みながら、どうするべきなのか、解決の糸口を発信していきます。
わたし自身もこの人間関係には常に悩まされてきました。同じような経験がある方は、思い出される経験を活かして読者へのアドバイスをしてみましょう。
👉例:
●職場でパワハラ、モラハラなど、立場上の弱さに付け込む上司から逃れようと苦悩する入社間もない男性。カッとなりやすいタイプですぐに仕事上、真向から上司と対立してしまう。間もなく精神疾患に陥り、「こんなところには居られない」と辞表を突き付けて辞めてしまった。辞めたあとは、精神上も安定し試行錯誤を重ね、フリーランスで得意のWebデザインの仕事が回るようになる。
●「周囲の人間の行動が気になるタイプの人間は、接触を好まず非社交的で人間嫌いの性格である。コミュニティや人が集まる繁華街にはいくようなことはまずない。独りでいることに安心と悦びを感じる過ごし方を考えよう」と自分の思想を主張する作家。それを小説化し、それが見事に共感を呼んでベストセラーになる物語。
5.人生教訓
苦労を伴わずして成功は勝ち取れなかったり、欲の深さがかえって裏目に出てしまうことはよくあります。結局、他人の幸せを無視して自分の事しか考えられない人物は後々に不利益を被ることになります。最後に「教訓として残る」ことを伝えると、印象に残る作品に仕上がるでしょう。
👉例:
●将来、政治家を志そうとする決断力のある男。自分の不利益になることは一切関心を示さない。おまけに利権の絡むことばかりに介入するが、メリットになるようなことにはつながらない。「損して得取れ」の精神を知らずして、「いいとこ取り」の性格が招く不運な境遇を表現。
●一つひとつの物事にすべて深い意味があることを認識せずに、浅はかな思考しかできない人物の物語。思考力のなさに、友人や職場では呆れられてしまう始末。最後は奥行きのある社会構造に打ちのめされ、友情や職を失う結果となり、後になって洞察力のなさを痛感する。

“教訓を学べる小説”は誰にでも幅広い層で読めて、ターゲットが広くなるのでおすすめです。
6.倫理的警告
社会生活の何事も、マナーを守ることによって一定の秩序が保たれています。なかには一部の好き勝手な行動によって規律が乱れ、ルールから逸脱された状況が見られることもあります。
そのようなマナーの守れない哀しい現実を描き、マナーの向上を訴えかける作品も共感を呼びます。
例:短編として
●歩きながら物を食べては、ごみをポイポイ捨てる近隣の高校生をいつも目の当たりにしている住人。マナーの悪さをいつも気にかけていた。ある日、集団で歩いていた高校生の一人が、飲み終わったペットボトルをそのまま道になげ捨てたので注意したら、「ちゃんちゃらおかしいぜ」とにやけ顔で去って行った。信号も無視して横断歩道を渡っていたが、その直後、ゴミを捨てた少年だけがトラックに巻き込まれて即死した。
●自分の主張ばかりを優先して、店で大声を出して苦情を言い、周囲に迷惑をかける女性。店員が謝罪しているところへ、その一瞬、いきなり強盗が入口から侵入し、拳銃を発泡したが、運悪くその女性客の足に命中し、救急車で病院に運ばれてしまう運命に……。強盗は何も盗らずにすぐに逃げ、その場にいた店員と客は無事だった。
「伝える」より「滲ませる」創作術5選
日頃、自分の思想を小説にどう表現するかは、最も達成すべく、やりがいのある作業です。強めの表現でば説教臭くなり、また控えめでは読者に伝わりきりません、作家はこの葛藤の中で、物語という器に思想やメッセージを静かに埋め込んできました。
ここでは、これらを小説に上手に“滲ませる”具体的な5つの手法を解説しましょう。
1.思想を「物語の構造」に埋め込む
直接的に思想を語るよりも、物語の構造に反映させる方法があります。例えば、「人間は自由に生きることができる」という思想を描きたい場合、登場人物が束縛から解放される物語を作ればいいですし、あるいは、自由を求めて最期は破滅してしまう物語にすることもできます。
ようするにポイントは、
カミュの『異邦人』は、ムルソーの無関心という生き方が、彼の行動と裁判の過程そのものによって「不条理」という思想を浮かび上がらせているのが特徴です。著者が声高に「不条理とは〜で」と説くのではなく、構造全体が思想で表現されています。
自分の思想をまず「観念」で表現せずに、「構造の動き」にはめ込んでいくのが秘訣です。
2.思想を「人物の選択」に託す
登場人物は、思想を最も生々しく映し出すことができる著者の分身的存在です。ただ、単にそのまま露骨に語らせると説得力を失います。
むしろ、異なる立場の人物たちが思想をぶつけ合うほうが、より読者は深い理解を示します。
ここでの例は、トルストイの『アンナ・カレーニナ』を挙げましょう。アンナの情熱とリョーヴィンの理想主義が対照的に描かれ、それぞれの行動が「幸福とは何か」という作者の思想を立体的に浮かび上がらせます。思想を一人だけに浴びせずに、複数の人物に分散させると、物語全体が呼吸を始め、まとまりやすくなります。
自分の考えに反する人物も登場させ、その人物にも誠実な動機を与えましょう。読者は「思想を押しつけられる」のではなく、「思想に接して揺さぶられる」体験を得るようになります。
3.思想を「描写の視点」に滲ませる
思想は真の言葉だけでなく、描写の仕方にも現れます。同じ風景を描いても、比喩の使い方や焦点の当て方で、作者の世界観はより明確性が出ます。
例:
●「夕焼けが美しい」と書く代わりに、「街が血のように染まっていた」と描けば、著者がその世界をどう観察しているのかが伝わります。
●夏目漱石の『こころ』の先生の叙述の重苦しさ、太宰治の『人間失格』の断罪的な語り口、これらは思想が「視点」として滲み出ています。
自分の思想を言葉で説かずに、風景や状況で「世界をどう捉えて見ているか」を描く方法です。それだけで、小説全体が思想の反映体に見えてきます。
4.思想を「象徴とモチーフ」に託す
思想を象徴的なモチーフの形にして、繰り返し登場させる方法です。
自分が「人間の孤独」についての思想を持っているならば、例えば、一匹の鳥の行動に託してみる。また、「現代社会の喧騒」に対する違和感を感じるならば、無音の空間に存在する壊れた時計を象徴として機能させてもよいでしょう。
“モチーフ”を使って、思想を直接語らずに表現すれば、読者の感覚に届かせることができます。また、“繰り返されるイメージ”にも、無意識に読者の中で思想を形づくらせる力があります。物語を読む体験が「思想との対話」をつくることになるのです。
例:
●カフカの『変身』の「虫」、ヘミングウェイの『老人と海』の「海」、これらは単なる設定ではなく、作者の人生観を象徴している偉大な作品です。
5.思想を「語らず」して残すテクニック
小説は理論書でも宣言文でもありませんので。読者に想像させ、“感じさせる余白を残す“特徴を有します。「語らない部分を残す」ことで、思想は深く生き続けます。
例:
●村上春樹の『ノルウェイの森』では、青春の死と喪失が中心にありますが、作者はその「意味」を一切説明はしていません。読者は登場人物たちの沈黙や時間の経過の中に、著者の人生観を読み取ります。つまり、思想とは、語り尽くさないことで完成するのです。
自分の思想を物語の中で“提示”するのではなく、“漂わせる”テクニックの取得に努めましょう。その余白にこそ、読者が自分の思想を見いだす余地が生まれます。
まとめ:思想を「読ませる」よりも「感じさせる」こと
自分の思想を作品に込めたいと思うとき、人はどうしても「伝えること」に意識が向きます。ですが、小説という表現体は「感じさせる」ことに大きな意味があります。著者の思想は、読者に直接届けるのではなく、登場人物の苦悩や選択、風景の一片を通して静かに伝わっていくと、読者の心にいつまでも残るのです。
思想をうまく反映させるとは、つまり「思想を滲ませること」。そのために必要なのは、語りすぎず、構造や描写に信頼を置く姿勢です。
物語の奥に流れる信念は、読者の心に作品の「思想」として長く残ります。主張することではなく世界観として、言葉ではなく物語全体から伝わること。自分の思想を小説に託すとは、そうした静かな表現の技を磨くことが大切と言えるでしょう。

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