小説を書く喜びは、単に物語の枠組みを作り、最後まで書き上げることだけでは終わりません。長年、クラシック音楽の作曲や執筆活動を続けてきたわたし自身も、自作の執筆過程で音楽へのこだわりや価値観をどう文章に落とし込むかを試行錯誤してきました。
実体験を通して感じたのは、作者自身の思想や経験、価値観にくわえて、言葉の選び方や文のリズムといった文体の特徴が積み重なり、その人ならではの作品世界がかたちづくられていく、ということです。
この記事では、小説を“自分だけの作品”として読者の記憶に残るものにするために、文体・リズム・物語の芯・美意識・問いの置き方といった具体的なポイントを整理して解説します。
読者が「この作品はあの作家が書いたから読みたい」と感じる時、その作者はストーリーの魅力と面白さに加え、「その作者だからこそ成り立っている世界観」への信頼や期待にも支えられていると言えるでしょう。
小説を単にストーリーの羅列に留めず、「文章そのものに価値がある」、「読んでいて心地よい」と思ってもらうためには、どのような点を意識して書けばよいのでしょうか。著者個人の思想や価値観そのものの是非を論じるのではなく、文章表現の切り口で作品の価値を高めるための基本的な手法を、いくつかの観点に分けて整理します。
調和のとれた文章を書くために押さえたいこと
文章を書く時には、「自分の考えや個性をどう出すか」をみる前に、まず土台となるいくつかの視点に気を配らなければなりません。そのバランスを意識せずに書き進めると、読者にとってどこか腑に落ちない、読み終えてもすっきりしない作品に感じてしまいます。
文章全体の調和を保ち、読者が無理なく読み進められる状態に整えるために、特に意識しておきたい大切なポイントを取り上げてみます。
1.明確な立場と視点を保つ
物語のテーマと作者の視点を最初に決めて、最後までブレさせない安定感が、読後のモヤモヤを防ぐ土台になります。物語の途中で作者の考え方がぐらついたり、テーマそのものが書き進めるうちに変わってしまうと、読者は無意識のうちに違和感を抱きます。
作品全体を通して、一貫した立場と視点を保つためには、「この小説は何について描くのか」、「どんな問いを投げかけたいのか」を事前に言葉にしておき、その軸から極端に外れないように意識しながら執筆しましょう。
作品の立場が明確な例としては、社会問題や時代背景を強く打ち出した物語が挙げられます。例えば、貧困や格差、権力の不正といったテーマを一貫して描き切っている長編小説では、登場人物や事件の描写を通じて、作者がどの視点から世界を見ているのかがはっきりと伝わってきます。
また、社会派ミステリー作品の多くは、単なる謎解きに留まらずに、事件の背後にある構造的な問題や人間の弱さを取り上げ、明確な問題意識を読者に提示しています。
2.物語全体の整合性を確かめる
常に全体の構造を頭に入れつつ、ストーリー展開の歪みなどには気をつけておくべきです。物語として読まれる以上、作品内で大きな矛盾が生じないようにしなければなりません。
特に基本的なレベルでは、同じ人物なのに章によって名前の表記が微妙に違っていたり、過去に書いた出来事と後の描写に食い違いが出たりするケアレスミスには注意をしましょう。
こうした小さなほころびが積み重なると、読者は物語の世界から一気に現実に引き戻され、作者への信頼も揺らいでしまいます。
文章に矛盾があるのは致命的であり、自分が理解していると思い込んでいる場合ほど、丁寧にチェックをする習慣をつけましょう。文章の流れが止まってしまったり、今までの展開と異なることは読者に疑念を抱かせてしまいます。
推敲・校正でほとんどが修正されると思いますが、ミスが残ってしまった場合、作家としての資質が問われかねませんので十分に注意してください。
3.読者や第三者への敬意を忘れない
執筆はあまりネガティブな感情がない状態で、したほうがよいでしょう。自然に自分の感情が文章に現れることがありますので、常に読者をはじめ、関係者への敬愛の気持ちを忘れずにいる心がけが大切です。
作品は多様な背景を持つ読者の目に触れています。特定の個人や集団を差別的に扱ったり、名指しで傷つけるような表現が続くと、読者の信頼関係がすぐに損なわれてしまいます。
実在の人物や団体が特定できるかたちでの誹謗や差別表現は、法的なトラブルだけでなく、プラットフォームのポリシー違反にもなることがあります。公開前に「誰かを不当に攻撃しているようなことはないか」を意識的にチェックする習慣を持ちましょう。
4.読みやすく具体的な表現を心がける
小説は読みやすい作品がより親しまれやすいのが一般的です。一般の読者にはあまり難しい言葉で書いても敬遠されてしまうものです。論文や評論のように、難しい単語や専門用語を使用することは知的に見えますが、実はあまり読まれません。
小説は読みやすく、理解しやすいほど好まれます。より具体的な描写を落とし込むと鮮明に読者に伝わります。
また、抽象的な内容も読者の理解を妨げるものとなってしまいます。平易でより満足度の高い文章にするには、「声に出して」読んだり「第三者に読んでもらう」という確実なチェック手段に置き換えることをお勧めします。
5.オリジナルな創造性を文章に反映させる
多くの作品の中から読者の記憶に残る小説にするためには、「他の誰とも少し違う視点」や「オリジナルな発想」を文章の中に反映させることが重要です。
個性や特質がほとんど感じられない作品は、たとえ読みやすく全体が整っていても、印象としては薄いものになってしまいがちです。言葉遣いにちょっとした自分なりのクセをつけたり、独特な文章のリズムや比喩を用いたり、あるいは自分だけのテーマを掘り下げ続けると、読者は「作者ならではの世界」を意識しやすくなります。
こうした特有の“持ち味”を自分で見出してその個性を表現するようにしましょう。他人とは違った特質を備えた作品は読者の心を捉えるでしょう。
具体的には、
●言葉の選び方や語尾に継続して特徴がある
●「心ときめく」といった感情の揺らぎを美しく表現する
●声に出したときに感じられる心地よいリズムを活かして響きの美しさを意識する
文章に特性があったり、ユニーク性で味を出すほかに、独自のテーマを貫いた物語もオリジナル性があります。わたしは“クラシック音楽”をテーマにした作品を書いていますが、長年取り組んできた作曲活動の経験から発想できるものは豊富にあります。
経験から生まれる作品は現実性を帯びつつ説得力も持つために、取り組んでいることを小説化することはとてもお勧めです。
文章の価値を損なわない基本の姿勢
文章が上手で、美しいほど価値の高い作品であることは言うまでもありませんし、読み手の眼に留まりやすいものです。読者との信頼関係を損なわないためにも、誠実なスタンスで書き進めましょう。
バランスが良くない文章や好ましくない思想を根底にした作品は、実は作品としての価値を失っています。極端な思想に偏るのも、一部の他者を中傷してしまうことにもつながりかねませんので注意が必要です。文章の価値を見出せるポイントをいくつかご紹介します。
1.一部の人や集団への攻撃的な描写に注意する
特定の物事、人物、思想に対して批判的な内容を加えた小説に偏ることも避けなければなりません。物の価値観や考え方には多様な立場があり、特定の立場だけを一方的に持ち上げたり、反対の立場を侮辱するような描写が続くと、作品全体が極端なメッセージに捉えられてしまいます。
極端な主張・価値観だけを念入りに取り上げて作品に盛り込むと、主張ばかりが前面に出てしまい、複数の立場からの反発を招くこともあります。そうなると、物語よりも主義主張が目立ち、読者が物語の世界から離れてしまうことにもつながってしまいます。
物語のテーマを掘り下げることと、特定の人や集団を不当におとしめることは別物だと意識してください。できるだけ複数の視点が成り立つ余地を残しておくと、読者も安心して作品の世界に入り込めます。
2.独善的な主張に陥らないようにする
ひとりよがりにならずに他の立場の視点を視野に入れつつ、自分の私見を持つことも重要です。自分の主張が正しいと思い込み、多角的な視点に欠けた作品は結果的に敬遠されてしまうことになりかねません。
ひとつの思考を表現するにしても、いろいろな考え方が成り立ちます。別の世代から見た考え方など、様々な角度から考察することで、ひとりよがりな作品になることを避けられます。最終的にはバランスのとれた説得力のある作品にしていきましょう。
3.社会的秩序乱さずに基本的な倫理とルールを意識して描写する
作家として作品を発表する以上、暴力や差別をあおるような表現や違法行為を推奨する内容などは避ける必要があります。
読者の安全や尊厳を損なわないことを前提に、物語として必要な描写と、単に刺激を狙っただけの過激な表現を切り分けて考えると、作品の信頼性も高まります。
4.不自然な文章をそのまま放置しない
書いていて、「ちょっとおかしな文章になった」と思ったら、放置せずにその場で読み直して修正しましょう。大抵は推敲・校正の段階で、客観的な観点で見て行くことで修正されるものですが、書く段階で気が付いた時はその場で立ち止まり、直せるものはすぐに直す意識を持つことです。
物語の流れが単調でぎくしゃくしている場合は、文と文のつながりが不自然で辻褄が合わなくなっていることが多いです。気取った文章を書くことは必要ありませんし、また自分の気付かない悪い言葉グセが文章に出ていることがありますので、それらに気づける広い視野を持つ姿勢が大切です。
この見出しでのポイントはひと言で記すと、
文体・リズムを“自分の声”として磨く
文体は作者の“声”であり、他者が再生することは不可能な個性です。一度、身に付けた文体はあなたの独自の表現法を確立することができます。語彙の選び方、文の長さ、リズム、比喩のクセ……さまざまな要素が文体を形づくり、個性豊かな文体が完成するのです。
文体の性質である読点の使い方の工夫や文章の歯切れ・リズム感を浮かび上がらせることで、その個性も向上しますのでぜひ意識してみてください。
文体・リズムを使った実践のポイント
●言葉の“音”を意識して書く
「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」というように、文章中の言葉からは繰り返し得られる響きと強調性をもたらすことができます。そのほかには「モチモチっとした団子」、「シトシトと降る雨」のように様子や音をオノマトペで描写する感情や状況をわかりやすく読者に伝える方法も一般的です。
➡単に意味を伝えるだけでなく、書き手が選んだ言葉や文章のリズムと響きが読者に与える聴覚的な印象と感情的な効果をコントロールすることができる手法です。声に出して読んでみると、スムーズな文の流れ、抑揚を感じ取ることができます。
●文の長短を物語の展開に応じて意図的にコントロールする
例えば、「急げ、早く!」、「わたしは今日は何も予定がないので、ゆっくりするつもりだし、誰にもじゃまされない場所ですごすつもりだよ」と表現すれば、その場の状況が読者も感じ取れ、感情を動かすことができます。
➡緊張感や焦りを出すときには文を短めに、ゆったり感、落ち着いた気持ちを出すときには文を長めにします。
●個性として印象づける表現を出す
村上春樹氏は同じ表現を何度も反復させたり、自分の詳しい分野で具体的な固有名詞を挙げたりしています。また、太宰治は読者に語りかけるような一人称の独白形式を用い、川端康成は風景描写や色彩描写が非常に細かく、詩的で情緒的な文章で読者の感覚に直接訴えかけています。
➡語り口に特色を見せ、インパクトのある個性を施すのは顕著な例です。例えば、「〜なのです」という一定の語尾を繰り返し多用した地文の形成や、登場人物の話し口に特色を与えることなどは一種のユーモアとして印象に残りやすいものです。
上記の例でわたしの『B&M』という作品は、音楽振興大使の“ロンディーノ”という主人公がある引きこもりの御曹司の息子に素敵な音楽をたくさん紹介します。その息子の見た目や性格を表現するために、独特な言葉グセを設定し、彼の話す箇所をあえてゴシック体にしてユニークさを前面に出しています。
👉上記のポイントを用いた実例:
●川上未映子『乳と卵』
詩的でリズミカルな文体が物語の感情と融合し、強い印象を残しています。
●谷崎潤一郎『細雪』
美意識そのものが文章に宿り、読者は“日本語の質感”そのものを味わう感覚を得ることができます。読んでいて、谷崎文学の独特な雰囲気が伝わってきます。
物語の“芯”を簡潔に表現する
優れた小説は、いかに長くても “核/芯” を備えています。芯が曖昧だと、物語のつかみどころがなくなり、読後も作品の存在意義を感じられなくなってしまいます。芯が明確であれば、物語は引き締まりをみせ、読者を強く惹きつける大きな基軸となります。
物語の“芯”をどう表現していいのかお悩みのあなたに、執筆過程で役立つ方法をお伝えします。
“芯”を明確にするポイント
具体的な進め方をフローで示すと、
物語の“一文テーマ”を作る ➡ 登場人物の行動が芯と整合を確認
➡ 余分な要素を削る

テーマを設定したら、そこからブレて作品が散漫にならないように気を付けることが肝心です。芯を意識して書いた作品は全体に濃厚な密度が感じられます。
👉上記のポイントを用いた実例
●三島由紀夫『金閣寺』
核心となっているのは「美への異常な執着」です。主人公の行動、心理、描写のすべてがこの一本の軸に収束していることがわかります。
●トールキン『指輪物語』
膨大な設定でありながら、核は「小さな者が大いなるものに立ち向かう」ことに絞られた雄大な作品です。
唯一性は美意識を守ることで育まれる
作品の価値を支えるひとつとして作者の“美意識観” があります。「何を美しいと感じるか」、「何に心を動かされるのか」などの美意識は具体的に物語を描くイメージを膨らませます。
美的芸術、雄大な自然、純粋な人間の姿・行動など、美意識を持つことは作家の信念にも通じる概念です。物事に価値観を見出そうとする、その信念が唯一の世界観を育みます。
美意識を育むポイント
●他者の好みより自分の美意識に忠実である
➡自分にとって本当に “美しさ” の概念とは何なのかをしっかりと持ち続ける。
●安易な迎合を避ける
➡自分の考えをまげて他人の意に従い、気に入られるようにする安易さは必要なし。確固たる考え方を持ち続けている力強さを見せる。
●“自分が書いて美しいと思える表現”を優先する
➡自分がよいと思う視点を明らかにし、他の意見を視野に入れつつもあくまでも自分の表現を貫く。
物事に対する関心や一定の観察眼を持つことが大切だとわたしは考えていて、自分なりに分析したことを物語に反映するようにしています。
例を挙げると、『自然・音楽・こころ』という私の作品は、自然と人間は音楽を媒介として調和を求めようとして、現代社会を逆行するかのように、国内を巡り歩くエッセイ風の物語です。主人公を通して自然の雄大さ、人間とのかかわりについてわかりやすくて深い考え方を提供しています。
👉上記のポイントを用いた実例
●中島敦『山月記』
「人は己の弱さとどう向き合うべきか」という美意識が物語全体の骨格となっています。
●芥川龍之介『羅生門』
退廃した世界を鋭く描き出す美意識が、そのまま作品の価値となっています。
作者自身の“問い”を物語に配置する
作品の価値を決めるのは、“答え”や“結論”ばかりではありません。作者が人生の中で抱いてきた“問い”を読者に投げかけたことは、物語の中心で強く輝きます。そして、読者の読後の余韻として強く残るのです。物語を完璧に終結させるよりも、読者に想像させる空間を生み出すことは効果的です。
“問い”の効果を高めるポイント
●相反する価値観を持ったキャラクターを配置する
➡ある価値観に対して反対を唱える人物を置くことで、問いに対する戸惑いを与えることができる。
●問いが自然と浮かび上がる舞台設定を作る
➡物語の流れや人物の行動から想起させる。
●読者に判断を委ねる余白を残す
➡はっきりと結論を導かずに、読者に想像させる機会をつくる。
問いが深く浸透すればするほど、作品の余韻は長く読者に残り、価値が高まります。
👉上記のポイントを用いた実例:
●カズオ・イシグロ『日の名残り』
「人は誇りのためにどれほど自分を犠牲にするのか」という問いが、主人公の回想全体に通底している作品です。
●宮部みゆき『火車』
「人は社会からどれほど追い詰められるのか」という問いが物語の背景に漂い、キャラクターの行動を支えているのがわかります。
まとめ:作品の価値とは“積み重ねてきた自分”である
小説の価値を高め、かつ調和の取れた文章から成り立つ作品は「作者自身がどう生き、どう感じているか」に根ざしています。作品は作家の姿勢を投影した鏡となっているのです。
●経験/●調和/●文体/●物語の芯/●美意識/●問い
これらのポイントを取り入れることで、誰が書いても書ける物語とは違ったオリジナル性を見出すことができます。小説とは、著者の人生そのものが凝縮された芸術です。 “あなただけが書ける物語”へと変えるためのキーワードとして活用してみましょう。
まずは自分自身と真剣に向き合うこと。その結果を正直に作品に落とし込んでみてください。その世界は読者にとって、唯一無二の体験となるに違いありません。この記事を読み終えたら、まずはあなた自身の物語について『芯となる一文テーマ』と『大切にしたい美意識』をノートに書き出し、それを具体的に育みながら次の一章に踏み出してみてください。


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