小説を“自分の作品”として価値を高める文章術~調和のとれた文章を仕上げるために~

本文を書く

小説を書く喜びは、単に物語の枠組みを作り、最後まで書き上げることだけでは終わりません。作者自身の思想や経験、価値観にくわえて、言葉の選び方や文のリズムといった文体の特徴が積み重なることで、その人ならではの作品世界がかたちづくられていきます。

読者が「子の作品はあの作家が書いたから読みたい」と感じるとき、その魅力はストーリーの面白さに加え、「その作者だからこそ成り立っている世界観」への信頼や期待にも支えられていると言えるでしょう。

では、小説を単にストーリーの羅列に留めず、「文章そのものに価値がある」、「読んでいて心地よい」と思ってもらうためには、どのような点を意識して書けばよいのでしょうか。ここでは、著者個人の思想や価値観そのものの是非を論じるのではなく、文章表現の切り口で作品の価値を高めるための基本的な手法を、いくつかの観点に分けて整理していきます。

調和のとれた文章を書くために押さえたいこと

文章を書く時には、「自分の考えや個性をどう出すか」をみる前に、まず土台をとなるいくつかの視点に気を配る必要があります。そのバランスを意識せずに書き進めてしまうと、読者にとってどこか腑に落ちない、読み終えてもすっきりしない作品になってしまうことがあります。

ここでは、文章全体の調和を保ち、読者が無理なく読み進められる状態に整えるために、とくに意識しておきたいポイントを取り上げていきます。

1.明確な立場と視点を保つ

物語の途中で作者が考え方がぐらついたり、テーマそのものが書き進めるうちに変わってしまうと、読者は無意識のうちに違和感を抱きます。登場人物の行動や風景描写を通じて、何を伝えたいのかが曖昧なままだと、「結局この作品で何を言いたかったのだろう」とモヤモヤした読後感になってしまいます。

作品全体を通して、一貫した立場と視点を保つためには、「この小説は何について描くのか」、「どんな問いを投げかけたいのか」を事前に言葉にしておき、その軸から極端に外れないように意識しながら書いていくことが大切です。

作品の立場が明確な例としては、社会問題や時代背景を強く打ち出した物語が挙げられます。例えば、貧困や格差、権力の不正といったテーマを一貫して描き切っている長編小説では、登場人物や事件の描写を通して、作者がどの視点から世界を見ているのかはっきりと伝わってきます。

また、社会はミステリー作品の作品の多くは、単なる謎解きに留まらずに、事件の背後にある構造的な問題人間の弱さを取り上げ、明確な問題意識を読者に提示しています。

 

わたし自身は、作家とは自分のポジション(立ち位置、役割)を意識的に選び取り、その視点から作品を発信していくものだと捉えています。どのジャンルであっても、「自分は何を書きたいのか」、「どのような世界を描きたいのか」をはっきりさせておくことは、作家として一番基本的なスタンスだと感じています。

2.物語全体の整合性を確かめる

物語として読まれる以上、作品内で大きな矛盾が生じないようにしておくことは大前提になります。

特に基本的なレベルでは、同じ人物なのに章によって名前の表記が微妙に違っていたり、過去に書いた出来事と後の描写に食い違いがあったりといったケアレスミスには注意が必要です。

こうした小さなほころびが積み重なると、読者は物語の世界から一気に現実に引き戻され、作者への信頼も揺らいでしまいます。

半蔵
半蔵

章に矛盾があるのは致命的であり、自分が理解していると思い込んでいる場合ほど、丁寧にチェックをする習慣をつけましょう。

文章の流れが止まってしまったり、今までの展開と異なることは読者に疑念を抱かせてしまいます。

推敲・校正でほとんどが修正されると思いますが、ミスが残ってしまった場合、作家としての資質が問われ兼ねませんので十分に注意をしてください。

3.読者に対して公平な姿勢を意識する

一般の大衆に対して書いているのにもかかわらず、その中の一部を不特定多数への発信したり信頼関係の薄いものは、その作品の価値を逆に下げてしまうことになります。常に公平・中立の立場で文章を書くように心がけましょう。

また、実在人物を示して差別、誹謗・中傷もいいことではありません。人権・名誉のトラブルに発展することがあります。

SNSなどで誹謗・中傷のトラブルを見かけることもありますが、公開前に全体のチェックを自問する習慣をつけましょう。

4.読みやすく具体的な表現を心がける

論文や評論のように、難しい単語や専門用語を使用することは知的に見えますが、実は読まれません。小説は読みやすく、理解しやすいほど好まれます。より具体的な描写として落とし込むと鮮明に読者に伝わります。

小説を一般の読者に届けたいと考えるなら、「わかりにく言い回しを避ける」、「専門用語は嚙みくだいて説明する」ような配慮がとても大切です。わたし自身も、必要があって専門的な概念に触れるときは、そのままではなく、物語の中でイメージしやすい形に言い換えるよう心がけています。

また、抽象的な内容も読者の理解を妨げるものとなってしまいます。平易でより満足度の高い文章にするには、「声に出して」読んだり「第三者に読んでもらう」というチェック手段に置き換えましょう。

5.オリジナルな創造性を文章に反映させる

多くの作品の中から読者の記憶に残る小説になるためには、「他の誰とも少し違う視点」「オリジナルな発想」を文章の中に反映させることが重要です。

個性や特質がほとんど感じられない作品は、たとえ読みやすく整っていても、印象としては薄いものになってしまいがちです。言葉遣いにちょっとしたクセがあったり、文章のリズム比喩が独特であったり、あるいは自分だけのテーマを掘り下げ続けたりすると、読者は「この作者ならではの世界」を意識しやすくなります。

こうした特有の“持ち味”を見つけ出して表現するようにしましょう。他人とは違った個性を備えた作品は読者の心を捉えるでしょう。

具体的には、

●言葉の選び方や語尾に継続して特徴がある

●「こころときめく」のように感情の揺らぎを美しく表現する

●声に出したときに感じられる心地よいリズムを活かして響きの美しさを意識する

文章に特性があったり、ユニーク性で味を出すほかに、独自のテーマを貫いた物語もオリジナル性があります。わたしは“クラシック音楽”をテーマに音楽の素晴らしさを紹介した作品を書いていますが、長年取り組んできた作曲活動の経験から発想できるものは豊富にあります。

半蔵
半蔵

経験から生まれる作品は現実性を帯びつつ説得力も持つために、取り組んできたことを小説化することはとてもお勧めです。

文章の価値を損なわない基本の姿勢

バランスがよくない文章や好ましくない思想を根底にした作品は、作品としての価値を失うことにもなります。極端な思想に偏ると、一部の他者を中傷してしまうことにもつながり兼ねません。

読者との信頼関係を損なわないためにも、誠実なスタンスで書き進めていきましょう。

1.一部の政治思想への過度な傾きに注意する

政治思想などには多くの考え方が根底にあり、一つの思想を取り上げて作品に盛り込むようなケースは逆に主張が前面に出て、複数の立場からの批判を被るリスクも伴います。こうした状態は、イデオロギーに埋もれてしまい、次第に読み手が離れていきます。

そのためにも、ひとつの思想に偏らない意識で臨むことが大切です。

はじめから特定の思想に偏らないスタンスで活動することがこのケースに遭遇せずに済むわけですが、もし、読者から直接批判を受けた場合は、対立心を持たずに、落ち着いて誠意ある自分の想いを伝えることです。

2.独善的な主張に陥らないようにする

自分の主張が正しいと思い込んで、多角的な視点に欠けた作品は結果的に敬遠されてしまうことになりかねません。ひとりよがりにならずに他の立場の視点も視野に入れ、例えば別の世代から見た考え方も参考になる場合がありますので、その上で自分の私見を持つことです。

ひとつの思考を表現するにしても、いろいろな考え方が成り立ちます。様々な角度から考察するることでひとりよがりな作品にならないようにすることです。最終的にはバランスのとれた説得力のある作品にしていきましょう。

3.道徳と社会的な秩序を踏まえて描写する

作家として活動するには小説の書き方の最低限のルールを踏まえ、社会生活での常識的な道徳意識のもとで作品を発表することは極めて重要です。

倫理観に欠ける意識は、自分では気づかないところで他者を傷つけ、逆に批判されることもあります。日頃から社会秩序を乱さずに、人として守るべき道徳や行動についてはしっかりと意識して活動する心構えが必要です。

4.不自然な文章をそのまま放置しない

気取った文章を書こうとして辻褄が合わなくなり、文と文のつながりが不自然なもの、また自分の気付かない悪い言葉ぐせが文章に出てしまうことがあり、その結果、物語の流れが単調で、ぎくしゃくしたりするものです。

大抵は推敲の段階で客観的な観点で見て行くことで修正されるものですが、書く段階で気が付いた時はその場で立ち止まり、直せるものはすぐに直す意識を持ちましょう。

この見出しでのポイントはひと言で記すと、

不自然な文章表現には日頃から特に気を付けて執筆をする。
ということになります。

文体・リズムを“自分の声”として磨く

文体は作者の“声”であり、“再生不可能な個性”です。一度、身に付いた文体はあなたの独自の表現法を確立することができます。語彙の選び方、文の長さ、リズム、比喩のクセ……さまざまな要素が文体を形づくり、個性豊かな文体が完成するのです。

句読点の使い方の工夫で文章の歯切れやリズム感をもよくなるので、意識してみてください。

文体・リズムを使った実践のポイント

言葉の“音”を意識して書く

「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」というように、文章中の言葉から繰り返し得られる響きと強調性をもたらすことができます。そのほかには「モチモチっとした団子」、「シトシトと降る雨」のように様子や音をオノマトペで描写する感情や状況をわかりやすく読者に伝える方法も一般的です。

➡単に意味を伝えるだけでなく、書き手が選んだ言葉や文章のリズムと響きが読者に与える聴覚的な印象と感情的な効果をコントロールすることができる手法です。声に出して読んでみると、スムーズな文の流れ、抑揚を感じ取ることができます。

文の長短を物語の展開に応じて意図的にコントロールする

例えば、「急げ、早く!」、「わたしは今日は何も予定がないので、ゆっくりするつもりだし、誰にもじゃまされない場所ですごすつもりだよ」と表現すれば、その場の状況が読者も感じ取れ、感情を動かすことができます。

緊張感や焦りを出すときには文を短めに、ゆったり感、落ち着いた気持ちを出すときには文を長めにします。

個性として印象づける表現を出す

村上春樹氏は同じ表現を何度も反復させたり、自分の詳しい分野で具体的な固有名詞を挙げたりします。また、太宰治は読者に語りかけるような一人称の独白形式を用い、川端康成は風景描写や色彩描写が非常に細かく、詩的で情緒的な文章で読者の感覚に直接訴えかけています。

➡語り口に特色を見せ、インパクトのある個性を施すのは顕著な例です。例えば、「〜なのです」という一定の語尾を繰り返し多用した地文の形成や、登場人物の話し口に特色を与えることなどは一種のユーモアとして印象に残りやすいものです。

上記の例でわたしの『B&M』という作品は、音楽振興大使の“ロンディーノ”という主人公がある引きこもりの御曹司の息子に素敵な音楽を紹介するものです。その息子の見た目や性格を表現するために、独特な言葉グセを設定し、彼の話す箇所をあえてゴシックにしてユニークさを前面に出しています。

👉上記のポイントを用いた実例:

●川上未映子『乳と卵』
 詩的でリズミカルな文体が物語の感情と融合し、強い印象を残します。

●谷崎潤一郎『細雪』
 美意識そのものが文章に宿り、読者は“日本語の質感”そのものを味わう感覚を得ることができます。読んでいて、谷崎文学の独特な雰囲気が伝わってきます。

物語の“芯”を簡潔に表現する

優れた小説は、いかに長くても “核/芯” を備えています。芯が曖昧だと、物語のつかみどころがなくなり、読後も作品の存在意義を感じられなくなってしまいます。芯が明確であれば、物語は引き締まりをみせ、読者を強く惹きつける大きな基軸となります。

“芯”を明確にする実践のポイント

語の“一文テーマ”を作る

➡テーマが明確になっていることが前提になり、ブレない構成を考える。

登場人物の行動が芯と整合しているか

➡物語に矛盾がないように、調和を意識して書く。

余分な要素を削る勇気を持つ

➡自分では気付きにくい余分な修飾語や言い回しを思いきって削除する。

芯を意識して書いた作品は全体に濃厚な密度が感じられます。

半蔵
半蔵

テーマを設定したら、そこからブレて作品が散漫にならないように気を付けることが肝心です。

👉上記のポイントを用いた実例

●三島由紀夫『金閣寺』

核心となっているのは「美への異常な執着」です。主人公の行動、心理、描写のすべてがこの一本の軸に収束していることがわかります。

●トールキン『指輪物語』
膨大な設定でありながら、核は「小さな者が大いなるものに立ち向かう」ことに絞られている雄大な作品です。

唯一性は美意識を守ることで育まれる

作品の価値を支えるひとつとして作者の“美意識観” があります。美意識とは、物語をどう描きたいか、何を尊いと感じるかという揺るがない基準です。作家の信念にも通じる概念ですので、意識することで価値の高い作品が書けることでしょう。

実践のポイント

他者の好みより自分の美意識に忠実である

➡自分にとって本当に “美しさ” の概念とは何なのかをしっかりと持ち続ける。

安易な迎合を避ける

➡自分の考えをまげて他人の意に従い、気に入られるようにする安易さは必要ありません。確固たる考え方持ち続けている力強さを見せる。

“自分が書いて美しいと思える表現”を優先する

➡自分がよいと思う視点を明らかにし、他の意見を視野に入れつつもあくまでも自分の表現を貫く。

物事に対する関心や一定の観察眼を持つことが大切だとわたしは考えていて、自分なりに分析したことを物語に反映するようにしています。

例を挙げると、『自然・音楽・こころ』という作品は、自然と人間は音楽を媒介として調和を求めようとして、現代社会を逆行するかのように、国内を巡り歩くエッセイ風の物語です。主人公を通して自然の雄大さ、人間とのかかわりについて深掘りしています。

👉上記のポイントを用いた実例

●中島敦『山月記』

「人は己の弱さとどう向き合うべきか」という美意識が物語全体の骨格となっています。

●芥川龍之介『羅生門』
 退廃した世界を鋭く描き出す美意識が、そのまま作品の価値となっています。

作者自身の“問い”を物語に配置する

作品の価値を決めるのは、“答え”や“結論”ばかりではありません。著者が人生の中で抱いてきた“問い”を読者に投げかけることも物語の中心で強く輝き、読者に働きかけることができます。

実践のポイント

相反する価値観を持ったキャラクターを配置する

➡ある価値観に反対を唱える人物を置くことで、問いに対する戸惑いを与えることができる。

問いが自然と浮かび上がる舞台設定を作る

➡物語の流れや人物の行動から想起させる。

読者に判断を委ねる余白を残す

➡はっきりと結論を導かない。

問いが深く浸透すればするほど、作品の余韻は長く読者に残り、価値が高まります。

👉上記のポイントを用いた実例:

●カズオ・イシグロ『日の名残り』

「人は誇りのためにどれほど自分を犠牲にするのか」という問いが、主人公の回想全体に通底している作品です。

●宮部みゆき『火車』

「人は社会からどれほど追い詰められるのか」という問いが物語の背景に漂い、キャラクターの行動を支えているのがわかります。

まとめ:作品の価値とは“作者の総体”である

小説の価値を高め、かつ調和の取れた文章は結局すべてが「作者自身がどう生き、どう感じているか」に根ざしていることになります。作品が作家の姿勢を投影する鏡となるのです。

●経験/●問い/●文体/●物語の芯/●美意識

これらは作品を“あなただけが書ける物語”へと変えるための鍵となるものです。小説とは、著者の人生そのものが凝縮された芸術ですから、あなたが自分自身と真剣に向き合わなければならないのです。

その結果を正直に作品に落とし込んでみてください。それを読んだ方にとって、唯一無二の価値を持つ作品となることでしょう。

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