小説のわかりやすい文章の紡ぎ方~読者が「考えずに楽に読める」文章の実践法~

本文を書く

語彙の平易なだけが「わかりやすい文章」ではないことをご存じでしょうか? 小説を書く上での「わかりやすさ」は読者が立ち止まらず、またひっかからずに物語を追いかけられることが条件になります。

読んでいる最中に理解が容易で、余計な思考が入ることがない世界を創る文章。それが読まれる文章です。わかりやすい文章を心がけ、その文章を身に付けるためにはどうしたらよいのでしょうか? ここでは、その小説の文章を成立させるための手法を整理してご紹介します。

文章のわかりやすい基本的条件

「小説は難しい文章では読まれにくい」ことはどなたでも理解できると思います。では、実際にそうなるにはどのようなこと意識して書けばよいのでしょうか。普段、気を付けるべき、基本的なことをまとめてみました。

1.やさしい口語体

口語体といっても、日常生活で使っている談話調のものというよりも、初めて会った人と話をするような、ちょっとあらたまった話言葉に近いものになります。「です・ます体」(親しみ感を与える)、「である体」(きびきびとしている)で書くのも、それぞれ読者の印象が変わります。

しかし、これらは本質的な問題ではありません。“素直さ”、“優しさ”、“響きの良さ”を育て上げることは言葉を紡ぐ者の責任になってきます。

👉例:

●「この歌を聴くと、なぜだか涙が出ます。」(素直さ)

👈自分の内面的な感情や感覚が、ありのままに言葉として表れています。

●「あなたのその頑張り、きっと誰かが見ているよ。」(優しさ)

👈相手の努力を認め、励ます言葉が、温かい気持ちを伝えています。

●「風のゆくえ、雲の流れ。」(響きの良さ)

👈「風」と「雲」、「ゆくえ」と「流れ」の対比や、柔らかな音の連なりが美しい響きを生み出しています。

2.適当な長さの段落

文章は適当な長さの段落に区切りましょう。1ページにぎっしりとつまった地文をみると、売れっ子作家でない限りなかなか読んでもらえないのが実状です。話の単位で一定の区切りをつけて、読みやすい空間を生みだすのが読者への配慮です。

段落を区切る方法は、ご存じの通り“一字下げ”が基本となります。物語の大きな区切りとなった場合は章をあらためたり、“一行空け”て新たな段落に入る場合もあります。明確な基準はありませんが、わたしは次のようなルールを決めて執筆しています。

●出来事、時間、場所、人の動作や会話などを変えるときに段落を変える
●二つ以上の事柄が絡む時はその関係を明確にする
●小説で段落が長くなる事情でない限りは、100~200字くらいを一つの段落とする
基本的かもしれませんが、これらがなされているだけでも読み手は各段に読みやすくなるものです。わたしは文章の長いものは特に避けるよう、肝に銘じて書くようにしています。

3.簡潔で正しい文章

簡潔で文法的にも誤りのない文章であることが、親しまれる作品に根付いているのは言うまでもありません。要領よくまとまっている文章がやはり読者には好まれます。常にシンプルな文章を書くように心がけることは大切です。

●一つの文に一つの出来事を書くのが望ましい
●「~は~である」というように主語と述語の関係がはっきりしている
●長すぎない文章体にする。一回読んでみて話の筋が見当がつかないものは避ける

👉長すぎる文例:

この町は平坦な地形であることから自転車で溢れていて、通勤・通学で利用する市民が多く、近くに高校があるために朝夕学生の利用でごった返しているのを訝しく思っている老人が、ある時、公道をのすみのほうを歩いていたにもかかわらず、後ろから来た自転車に跳ねられそうになって憤慨した。

極端な例ですが、人物のネガティブな感情を持った文章であるだけに、とても長くて重たい印象があります。簡潔にすっきりさせる方法は様々ですが、一例を挙げると以下のようなイメージになります。

👉上記文章を整理して簡潔にした例:

⇒ この町は平坦な地で、自転車の利用が多かった。通勤・通学の利用が多く、朝夕は近くに高校があるために学生の自転車でひしめき合っているのを老人は訝しく思っていた。ある日、公道の端を歩いていると、後ろから来た自転車に跳ねられそうになった。憤慨極まりない思いがした。

4.わかりやすい語句

文章を書くのに、わかりやすい語句を使います。例えば、「斟酌する」という言葉を使った場合に、読み手は少し戸惑います。会話調の場合はほとんど使いません。なるべくならば “配慮する”、“考慮する”、“気遣う”という意味に置き換えます。

一郎はこの女の気持ちを斟酌した。 一郎はこの女の気持ちを汲み取った。

正しい単語、ことばを使う。間違えやすいことばづかい・漢字に気をつける。例えば……

シュミレーション ⇒ シミュレーション、 絵画の製作 ⇒ 絵画の制作、

質問に解答する ⇒ 質問に回答する、 おざなり(いい加減)⇔ なおざり(放置)

やさしいことばづかいを使う。例えば……

能動的に活動する ⇒ 自分から進んで活動する、 安堵した ⇒ 胸をなでおろした(一例)

驚愕する ⇒ ハッとする(一例)

死語、廃語は使わない。例えば……

アベック ⇒ カップル、 帳面 ⇒ ノート・手帳、 看護婦 ⇒ 看護師、 衣文掛け ⇒ ハンガー

汽車 ⇒ 列車

5.表記の形式

わかりやすい文章にするためにも、普段の文章の表記スタイルについて原則に立ち返って説明します。

句点(。)、読点(、)の適切な使用

「~は~なので、~です。また~は、…」、「~が~した。そして~だった。」というように、句点・読点は現代文で多用されていますが、使用方法を今一度意識してみましょう。句点は文章を程よい長さに仕上げて打ちますが、特に読点は「音読してひと息つける場所」や「文字が長く表記されていて読みにくい場所」に打つようにします。

疑問符(?)、感嘆符(!)の活用

会話文などに使われることが多いですが、登場人物の感情を表現する時に使います。疑問を持った感情には「なぜ?」のように(?)、「あっ!」のように驚きの声を上げたり、会話や地文で物事を強調する時には(!)を使うのはご存じの方は多いでしょう。もし、これらを打った後に文章を続ける場合には必ずひとマス空けるのが慣例となっています。

例挙

もしも、表現上でわかりにくい言葉を使いたい時があるものです。そのような場合は、他のわかりやすい例で補うととてもわかりやすくなります。

彼は遺憾の意を示した ⇒ 彼は心苦しそうに遺憾の意を示した(👈表情がうかがえる)

二人の会話は逆行していた ⇒ 二人の会話は噛み合わなくなって、話が違う方向へズレていた(👈例えの表現に言い換える)

文中に資料等を挿入する場合

物語を進行させている時に、よく「資料」や「手紙」の内容を明示する場合があります。このように地文中に何かを引用するときは、次のようなイメージで「一行空け、一段下げ」で表記します。(○の部分が空白)

○私は速達で届いた手紙をいてもたってもいられず、差出人の状況を察し慌てて開封した。○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○この手紙があなたに届くころには、わたしはもう日本にはいないことでしょう。海外○で新しい生活を始めることにしました。これであなたとお会いことはないと思います。○最後にお世話になったのを御礼を言いたくて、このような形で伝えるのは…(後略)…○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○「何で、どうして?」と叫んだあとに、胸が張り裂けそうになった。こんなことになるなんて想像もしていなかった。…(続く)…

読者が作品になじめる6つの秘訣

1.一文に詰め込まない――「一文一情報」の原則

ひとつの文に二つ以上の情報を複合させないことが、シンプルに構成する基本です。わかりにくい文章の多くは、一文の中に複数の情報が混在しています。動作、感情、説明、比喩を同時に書くと、読者は焦点を失いますので気をつけましょう。

👉悪い例(×)
彼の心に怒りと悲しみの複雑な想いをが重なって、過去の出来事と思い出とが同時に入り混じり、思わず机を強く叩いた。

⇒ 一文の中で「感情説明」「回想」「動作」が同時に起きており、読み手が行動の整理を強いられてしまいます。

👉良い例(○)
彼は机を叩いた。胸の奥で、古い怒りが音を立てて崩れた。

はじめの一文では「何が起きたか」だけを示し、補足は次の文に簡潔に受け渡します。それだけで文章の見通しは格段に良くなります。

2.読者を迷わせない――主語と視点を安定させる

小説では主語の省略が多用されますが、視点が揺れると読者は無意識に混乱します。誰が思い、誰が感じているのかが分からなくなることが原因です。

👉悪い例(×)
ドアが開いた。息が詰まった。怖かった。

⇒ この文の前文に主語があれば主語の省略で誰の行動かの判別はつきますが、この文から始まる場合は「誰が」怖いのかが直感的に分からず、読者が一瞬立ち止まってしまいます。

👉良い例(
ドアが開いた。彼女は息が詰まった。一歩も動くことはできなかった。

視点が切り替わる場面は、意識的に主語や描写を補強しましょう。読者は「今、誰の世界にいるのか」が分かれば安心して読み進められます。

3.説明より先に「出来事」を置く

読者は周囲の設定説明よりも、まず状況を知りたがります。背景を語る前に、動きのある一瞬を提示することが求められます。わたしは、場の説明よりもその場の人や物事の動きをまず書くようにしています。

👉悪い例(×)
この地域は昔から雨が多く、人々はその環境に慣れて暮らしていた。彼女もその例外ではなかった。

⇒情景は分かりますが、「何が起きる話なのか」が見えません。

👉良い例(○)
小雨の中、彼女は傘を差さずに立っていた。真っすぐに続く道先の一点をじっと見つめていた。この天気くらいでは、濡れることなどは気にかけていない。

この一文だけで、読者は疑問を持ちます。なぜ濡れているのか、なぜ動かないのか。説明は、その疑問に答える形で後から添えるのが効果的です。

4.比喩は「一瞬で映像になる」ものだけを使う

比喩は例えたものの理解に時間がかかるものは流れを止めてしまいますので、すぐにイメージしやすい比喩にします。良い比喩は、読者の頭に即座に映像が立ち上がります。

👉悪い例(×)
沈黙は、答えのない問いが無限に反響する精神的迷宮のようだった。

⇒ 抽象語が重なり、映像が立ち上がらず、イメージがつかめません。

👉良い例(○)
沈黙が、厚く割れない氷のように部屋を覆っていた。

意味が一方向で、形や感触が想像しやすい比喩は文章を助けます。逆に説明が必要な比喩は、省いた方がわかりやすいので、用いないほうがよいでしょう。

5.感情は言わずに「反応」で見せる

感情は説明で加えるよりも、登場人物の反応で示す方が一層効果的です。読者は、行動や反応から感情を読み取る方が理解しやすいことを覚えておきましょう。

👉悪い例(×)
彼女は不安と緊張でいっぱいになり、とても動揺していた。

⇒ 状況は理解できますが、読書体験としては少し平坦気味です。

👉良い例(○)
彼女は相手に返事をせず、コップの縁を指でなぞり続けた。

「不安」や「動揺」と書かなくても、気持ちが落ち着かない感情が伝わります。動揺している説明をしなくても文章は自然で、理解もしやすくなっています。

状況を人の感情で描写することが、地文で説明するよりも効果があることを知ったのは、わたしが読み手の読む状況を踏まえて書くようになったからでした。読み手の立場を考えながら書き進めると、読み手側の心理を把握することができます。

6.推敲の基準は「引っかからないか」

わかりやすい文章かどうかは書きながらよりも、読み返しの時点でチェックして完成させます。
音読してつまずく箇所は、誰が読んでも同じことですので、気にかけて修正するようにしましょう。

👉悪い例(×)
彼はその時自分でも説明できないような感覚を覚え、それが何なのか分からないまま行動してしまった。

⇒ 一度で意味がつかみにくいのがわかります。読み返しが必要です。

👉良い例(○)
理由は分からなかった。それでも彼は、体が先に動いていた。

チェックする時の視点として、
●一息で読めるか
●意味を取り直していないか
●語順が自然か

に注意し、「一度読んで意味が通るか」を基準に整えることが重要です。

まとめ

まずは、基本的にやさしい言葉、適切な文章の長さ・段落、簡潔な文体、正しい文章構成、適切な表現形式に努めることが先決です。わかりやすい小説の文章とは、技巧を見せる文章ではありません。読者が迷わず物語に没入できるよう、書き手が文章を整理すること意識を持ちましょう。

次に、文章を簡単にする段階から、読者の “文章の理解への道筋” を整えます。一文に一情報を原則として、主語の視点を維持しつつ状況の提示を優先します。わかりにくい比喩は避け、人間の感情は説明するよりも、その人の感情として表現するほうが、読者の理解を促してくれます。

以上のような重要なポイントが意識できるのも、日頃から書き続けることで実を結びます。小説家としての最低限の仕事を積み上げてこそ、親しまれる物語が生み出されるのです。読みやすさに配慮した執筆を心がけ、読者の心をつかむ作品が誕生することを期待しています。

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