「わかりやすい文章」と聞くと、とかくやさしい言葉を並べればよいと思われがちです。しかし、書き手が本当に気を遣うべきなのは、「読者が途中で立ち止まらず、余計なストレスを感じずに物語を追えること」です。
原稿を新人賞に応募した時のこと、作品全体では評価を受けましたが「読むたびに小さなひっかかりがある」と講評を受けたことがありました。その時初めて、「意味が通ること」と「考えなくてもスッと入ること」は別物だと気づかされました。
この記事では、実際に小説原稿を書き続けながら試行錯誤してきた経験をもとに、「読者が考えずに物語に入っていける文章」を創るための具体的なコツを整理して紹介します。
小説の読みやすさを支える5つの基本
小説は、難解な語彙や構文で読者を試す場ではありません。読者が筋を追いかけやすい文章構造を整えることが、物語そのものの魅力を引き出す土台になります。
ここでは、執筆歴の浅い人でもすぐに取り入れられ、ベテランほど意識している「文章の読みやすさの基本」を5つに絞って解説します。
1.やさしく自然な口語体を選ぶ
小説の地の文は、「初対面の人に丁寧に話す会話」をイメージした口語体がもっとも安定しやすいと感じています。「です・ます体」でも「である体」でも構いませんが、どちらにしても読者が違和感なく読み進められる自然さが大切です。
執筆初期は「文学っぽく見せたい」という意識のあまり、「である体」に難しい語を詰め込んで読みにくくしていた時期がありました。文体は飾るよりも届けるための器と考えた瞬間から、極端な文体にこだわるよりも、「読みやすさ」の重視に切り替えるようになりました。
結局のところ、文体の見栄えよりも文章の素直さ・優しさ・耳で読んだ時の響きの良さが、読者の印象を大きく左右します。書き上げた後に、静かに独りで音読をしてみると、「言葉遊びの棘」や「語尾の硬さ」がよくわかります。音として心地よいかどうかを確認する作業は、今では読みやすい小説を書くうえで欠かせない習慣になりました。
👉例:
●「この歌を聴くと、なぜだか涙が出ます。」(素直さ)
👈自分の内面的な感情や感覚が、ありのままに言葉として表れています。
●「あなたのその頑張り、きっと誰かが見ているよ。」(優しさ)
👈相手の努力を認め、励ます言葉が、温かい気持ちを伝えています。
●「風のゆくえ、雲の流れ。」(響きの良さ)
👈「風」と「雲」、「ゆくえ」と「流れ」の対比や、柔らかな音の連なりが美しい響きを生み出しています。
2.段落の長さで読者の呼吸を整える
どれだけ内容が面白くても、改行の少ない長文の塊は、それだけで読者を遠ざけてしまいます。段落は、情報のまとまりを示すだけのものではなく、読者の “呼吸の休憩所” として機能します。
一つの出来事・時間・場所・感情が切り替わるところで、段落を分けるだけでも、画面上の圧迫感を和らげ読みやすさが格段に上がります。
具体的には、執筆時に次のようなシンプルなルールを決めておくと迷いにくくなります。
このルールを意識してから、自分の原稿を読み返したときの「長すぎる……」という印象がかなり減りました。
※注:著名な作家の書いた文章には多くの段落の長いものがあります。作品の性格や構造上、考えぬかれた作品であって、これらの長さを決して否定するものではありません。あくまでもわかりやすい文章としての説明をしているものですので、ご理解をお願いいたします。
3.一文一情報で文章を軽くする
わかりやすい文章の最大の特徴は「一文ごとの情報量が適切」であることです。一文に説明・出来事・感情など詰め込みすぎると、読者は誰の、どの行動に意識を向ければよいのかわからなくなります。
執筆の時は、次の3点を意識すると文が軽くなります。
これらを守るだけで、自分の草稿が見違えるほど読みやすくなるのを実感しています。
👉長すぎる文例:
たとえば、以前の自分の原稿には次のような一文が存在していました。
執筆当時は、「情報量が多いから丁寧だ」と思っていましたが、今読み返すと、読者に負担を強いていると分かる例です。
👉上記文章を整理して簡潔にした例:
この文章は次のように分割すると読みやすくなります。
4.語句の選び方と時代感覚
語彙の選び方は、読みやすさと読者の層の広さを左右する重要なポイントです。難しい漢字や聞き慣れない表現が続くと、読者はそのたびに意味を推測しなければなりません。
「斟酌する」「驚愕する」といった難語が頻出すると、文章全体の印象が重く感じられてしまいます。
実際に原稿を見直す時は、次のような言い換えを検討します。
●斟酌する ⇒ 汲み取る、気持ちを考える
●能動的に活動する ⇒ 自分から進んで動く
●安堵した ⇒ 胸をなでおろした、ホッと息をついた
難しい言葉を避けるというよりも、状況のイメージが自然に浮かぶ言葉で表現する意識が重要です。
◆ 正しい単語、ことばを使う。間違えやすいことばづかい・漢字に気をつける。たとえば……
シュミレーション ⇒ シミュレーション、 絵画の製作 ⇒ 絵画の制作、
質問に解答する ⇒ 質問に回答する、 おざなり(いい加減)⇔ なおざり(放置)
◆ やさしいことばづかいを使う。例えば……
能動的に活動する ⇒ 自分から進んで活動する、 安堵した ⇒ 胸をなでおろした(一例)
驚愕する ⇒ ハッとする(一例)
◆死語、廃語は使わない。例えば……
アベック ⇒ カップル、 帳面 ⇒ ノート・手帳、 看護婦 ⇒ 看護師、 衣文掛け ⇒ ハンガー
汽車 ⇒ 列車
時代にそぐわない表現が多いと、作品世界から読者がふと現実に引き戻されることがあります。古いニュース記事のような言い回しなど、今ではほとんど使われない言葉を無意識に使っていないか、推敲時にチェックする習慣をつけると安心です。
5.表記と記号で読みやすさを整える
文章の中身が整っていても、表記や記号の使い方が雑だと、読者の読みやすさは一気に損なわれます。句読点や疑問符・感嘆符、会話と地の文の切り替え方など、基本的なルールを押さえておくことで、どの媒体でも安定した読み心地を提供できます。
◆句読点
・句点(。):一つの意味のかたまりが終るところで打つ
・読点(、):息継ぎをする場所、誤読を防ぎたい場所に打つ
読点をわかりやすくしようと多用しすぎるとリズムが細切れになるので、音読しながら「どこでひと息つくか」を基準に調整すると、ちょうどよいバランスが保てます。
◆疑問符・感嘆符・資料挿入
疑問符(?)や感嘆符(!)は、地文の語りや登場人物の感情を一瞬で伝えるための有効な記号です。これらを打った後に文章を続ける場合には必ずひとマス空けるのが慣例となっています。ただし、乱用すると軽い印象になるので、感情のピークや強調したいひと言に限定して使うようにしています。
●例挙
表現上でわかりにくい言葉を使いたい時はあるものです。そのような場合は、他のわかりやすい例で補うととてもわかりやすくなります。
彼は遺憾の意を示した ⇒ 彼は心苦しそうに遺憾の意を示した(👈表情がうかがえる)
二人の会話は逆行していた ⇒ 二人の会話は噛み合わなくなって、話が違う方向へズレていた(👈たとえの表現に言い換える)
●文中に資料等を挿入する場合
日記や手紙、資料等を地文に挿入する場合は、一行空けてから字下げする等、視覚的に区別するレイアウトを心がけると、読者が迷わずに読み進められます。(○の部分が空白)
読者が迷子にならない6つの実践テクニック
1.一文一情報の原則で焦点を絞る
物語に没入している読者は、「今、この瞬間に何が起きているか」を常に追っています。そこに複数の情報が一度に押し寄せると、頭の中の映像が止まり、読み返しが必要になります。
「一文一情報」を意識するだけで、読者の視線がどこに向かうべきかがはっきりし、場面ごとの印象も強く残りやすくなります。
👉悪い例(×)
彼の心に怒りと悲しみの複雑な想いをが重なって、過去の出来事と思い出とが同時に入り混じり、思わず机を強く叩いた。
⇒ 一文の中で「感情説明」「回想」「動作」が同時に起きており、読み手が行動の整理を強いられてしまいます。
👉良い例(○)
彼は机を叩いた。胸の奥で、古い怒りが音を立てて崩れた。
執筆中に迷った時は、「今この文で読者に伝えたいこと」を自問し、それ以外の要素は次の文以降に分けるようにしています。この習慣を持つようになってから、書き上げたあとに「自分でも何を書きたかったのか分からない」という状態がぐっと減りました。
2.主語と視点を安定させる
日本語は主語を省略することが多いため、視点がブレると読者はすぐに迷子になります。推敲する場合は、「この文は誰の視線なのか」、「誰の感情なのか」を一文ずつ確認することで、急に他人の心情が混じっていないかを発見しやすくなります。
たとえば、「ドアが開いた。息が詰まった。怖かった」という三文だけでは、誰が怖がっているのかが分かりません。「ドアが開いた。彼女は息が詰まった。一歩も動けなかった」と、主語を一度補強するだけで、読者は安心してその人物の世界に入り込めます。
3.出来事を先に、説明はあとに
私は、場の説明よりも、まずその場の人や物事の動きを書くようにしています。
物語の冒頭や場面転換では、設定や世界観の説明よりも、小さな「出来事」であってもまず先に提示したほうが読者は入りやすくなります。人は説明よりも変化をおこす一瞬に興味を惹かれるからです。
「この地域は昔から雨が多く、人々はその環境に慣れて暮らしていた。」と説明から入るよりも、「小雨の中、彼女は傘を差さずに立っていた。」と書き出すほうが、読者は「なぜ?」と先を読みたくなります。
説明は、その「なぜ?」に答えるための材料として後から添えると、物語の流れを止めずに情報を提供できます。
4.比喩は「一瞬で映像になる」ものだけ使う
比喩は使い方を間違えると文章を難しくします。抽象的な概念同士を重ねる比喩は、意味を解釈する時間が必要になり、物語の流れを止めてしまいます。
比喩を使う時は、「一瞬で具体的な映像が立ち上がるかどうか」を基準に選ぶと失敗が減ります。
例を挙げれば、「沈黙は答えのない問いが無限に反響する精神的迷宮のようだった」という表現を、「沈黙が厚く割れない氷のように部屋を覆っていた」と書くほうが、読者は場の重々しさをすぐにイメージできます。
執筆中に思いついた比喩をそのまま使わず、「これを初めて読む人の頭に映像が浮かぶか」と一度立ち止まって考える習慣が、文章をわかりやすくしてくれます。
意味が一方向で、形や感触が想像しやすい比喩は文章を助けます。逆に説明が必要な比喩は、省いた方がわかりやすいので、用いないほうがよいでしょう。
5.感情は「反応」で描写する
「悲しかった」、「不安だった」と直接に状態を描写すること自体は誰にでもできます。それが問題ということではありませんが、それだけでは読者の心に強く残るとはいいにくい場面になりがちです。
感情をただ説明するのではなく、その感情が生んだ小さな反応や行動を描くことで、読者は自分の体験としてその感情を追体験しやすくなります。反応や行動から感情を読み取る方が理解しやすいことを覚えておきましょう。
「彼女は不安と緊張でいっぱいだった。」という一文。これを「彼女は返事を呑み込み、コップの縁を指でなぞり続けた。」と書き換えれば、読者は彼女の落ち着かない心の動きを自然に感じ取ることができます。「不安」や「動揺」と直接書かなくても、気持ちが落ち着かない感情が伝わります。
感情を説明で補う前に、「人はその感情から何をするか」を考え、行動として紙の上に落すことを意識してみてください。
状況を人の感情で描写することが、地文で説明するよりも効果があることを知ったのは、私が読み手の読む状況を踏まえて書くようになったからでした。読み手の立場を考えながら書き進め、その心理を把握することは極めて重要です。
6.推敲の基準は「引っかからないか」
わかりやすさは、最初から完璧に書こうとしても身につきません。執筆が終わって、「第三者として読み返す時間」を確保し、そこで引っ掛かる箇所を丁寧に削っていくことで少しずつ磨かれていきます。
例として、「彼はその時自分でも説明できないような感覚を覚え、それが何なのか分からないまま行動してしまった。」という文があったとします。そのまま読むと抽象的なのでもう一度読み返してしまいます。これを「理由は分からなかった。それでも彼は、体が先に動いていた。」とすれば、次の行動や説明の補足で、読者は理解を示すことができます。
推敲時には、次の3点を基準に文章を整えています。
●意味を取り直さずに通じるか
●語順を入れ替えたほうが自然にならないか
音読してつまずいた箇所は、ほぼ例外なく読者もつまずきます。それらを一つずつ直す作業こそが、読者にとっての「読みやすさ」をつくる最後の仕上げになります。
読者が「考えずに読める」文章を育むために
ここまで紹介してきたように、わかりやすい小説の文章は特別な才能を必要とせずに、具体的な技術の積み重ねで形づくられます。やさしい語句選び、読みやすい段落設定、簡潔な一文、安定した視点づくり、そして丁寧な推敲という基本がそろえば、読者は自然と物語に集中できるようになります。
大切なのは、「この一文を読んだ読者の頭の中に、どんな映像が浮ぶか?」という問いを手放さずに抑えておくことです。難しい比喩や説明を重ねるよりも、一つひとつの場面をはっきりと感情を見せるほうが、読者は負担なく物語についてきてくれます。
比喩・感情・説明はすべて、「読者の理解への道筋」を整えるための道具だと考えると、自然と無駄な装飾が減っていきます。そして一文に一情報を原則として置き、主語の視点を維持して説明よりも状況の提示を優先しましょう。
こうしたポイントは、記事を一度読んだだけで身につくものではありません。短い掌編、日記でも構いませんので、「一文一情報」、「主語と視点の確認」、「音読でのチェック」を毎回意識しながら書いてみてください。
習慣として続けた先で、「以前よりも原稿の直しが少なくなった」、「読者の感想が変わってきた」といった変化が、必ず手応えとして返ってきます。
小説家の仕事は、派手な言葉で文章や自分を飾ることではなく、物語を読者の心にきちんと届けることだと思っています。読みやすさにこだわった一行一行の積み重ねは、やがて「この作品はスッと読める」と言ってもらえる物語を生みだしてくれるはずです。
今日書いた一文が、明日の自分の文体を少しだけ前に進めてくれる――そんな感覚を楽しみながら、わかりやすい文章を育てていきましょう。


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