「文章を上手に書きたい」、「美しい文章を書く技術を身に付けたい」と小説を書く初心者の方は誰でも思うのは当然だと思います。ライターや作家のような “書く仕事” につくと、そのためにどうすればいいのかは誰でも一度は考えることでしょう。
例えば、野球の選手を目指したいと思った青年が、念願の人気絶頂のプロ野球選手に教育を受ける機会を得たとします。そして丁寧な指導を受けて頭のなかにみっちりと野球理論をたたきこめたとしましょう。しかし、果たしてそれだけで十分なのでしょうか。――本来、自分で身体と脳を使って、打撃や守備の徹底的な練習をしながら身体で覚え、自身の欠点を見出して改善を重ねて熟練していくものだと思います。
このことはどのようなケースでも当てはまるはずです。上手な文章も一定の訓練と思考によって技術が向上していくのは同じです。とても基本的なことで、すでに分かっていらっしゃる方も多いこととは思いますが、ここでは基本に立ち返ってその三つのステップを詳しく振り返ってみることにしましょう。
“作品を読む” から “文章上達意識の熟成”へ
「文章を上手に書けるようになるには?」の回答として、この「読む」作業が第一に取りかかりやすいのではないかとすぐに想像がつくと思います。現役の作家でも他の作家の作品をしっかりと読んで、参考にしたりそこから学ぼうとする人は多くいます。
ただ「読む」ことにも、様々な「読み方」の手法があることはご存じだと思います。短時間で一気に読んで概略をつかむ「速読」、短時間で要点だけを把握する「流し読み」「拾い読み」。また、すみずみまで深く理解しながら読む「精読」「熟読」、そして文章の意味や情趣を深く味わい、心に留めながらじっくりと読む「味読」まで、それぞれの目的に応じた読み方をしていく必要があります。
今回の目的で特に私が意識しているのは次の三点です。
1.文章の上達を意識した読書
この意識があるのとないのでは、まったく文章の上達度が変わってきます。自分が文章を上手くなりたいことを意識して読書をすると、想像もしない発見が得られることが多いものです。
👉例:
「人はみな大河の一滴」
それは小さな一滴の水の粒にすぎないが、大きな水の流れをかたちづくる一滴であり、永遠の時間に向かって動いていくリズムの一部なのだと、川の水を眺めながら私にはごく自然にそう感じられるのだった。
五木寛之『大河の一滴』(幻冬舎文庫)
2.名文を選んだ読書
数ある文学作品から名文を紡ぎ出している作家の作品を読んでみましょう。主に、明治時代の作家に素晴らしい作品が豊富にあります。私は文章の美しさの観点から明治から昭和初期の小説作品をよく読んでいます。
読書の際は1.に述べた「文章の上達を意識」し、味わって読んでください。
👉:例
いずれも短編で余計な言葉を削ぎ落し、登場人物の心の感情をみごとに表現し尽くした手法で読者の心に強く響く印象を与えてくれます。「小説の神様」と称される彼の得意とした短編には、心で味わう優しさを垣間見ることができます。
鴎外の感性がほとばしるほどに洗練された文章がそれぞれの作品で味わえます。各文章から成り立つ全体の構成が骨太で、的確な言葉の使用法がとても参考になると思います。新旧の仮名遣いを含めた作品が多いですが、現代仮名遣いの作品を選んで読むことをお勧めします。
著者のオリジナルな思考によって、奇抜なタイトルと奥歯でものを考えるというユニークな知性にあふれる作品。現代の原語感覚に満ちた著者の作品は、どれも革新的な現代の名作です。

どんな作品を読んでも、その著者には個性が必ずあります。その個性が自分にフィットする感覚を覚えたときに、文章の上達のきっかけとしてその感覚を大切にしていくべきだと考えます。
3.一人の文章の上手い作家の作品を読む
日頃から惹かれる作家を一人でいいので、お気に入り作家としてセレクトしておくことをお勧めします。その文章に惹かれていても、その作家の作品の文章をそっくりまねるのではなく、執筆を通じて書きっぷりをじっくりと身につけるようにできたら素晴らしいと思います。

人にはそれぞれ「波長が合う文章」が必ずあるのではないかと私は日頃から考えています。読書を積み重ねていると、「この文章はわかりやすい」、「こういう文章を書きたい」と思うようになったら、その文章の性格を理解して書きっぷりを自分なりに吸収しましょう。
ここでは、私の最も敬愛する作家の作品の一部を挙げておきます。どの作品も素晴らしいのですが、下に引用して作品は特に印象に残るものです。ぜひ何度も読み返して味わい、その価値を感じ取ってみてください。
その遺書には、はじまりがなく、終わりがない。
暗闇の中、海底に沈む巨大な恐竜のように横たわり、どこまで読んでもこれまでに読んできた以上の先があり前があり、続く。続けることが可能なようにできあがってしまっている。
勿論その本体は文字ではなく、文字へと析出する以前の何かの動きだ。一見とりとめのない霧の濃淡とも映り、思念を凝らして髪の筋ほどの細い道が一本浮かび決まり定まる。(続く)
円城塔『ガベージコレクション』(『後藤さんのこと』早川書房より)
“書く” から “文章感覚の成熟”へ
気に入った作品を読んで、その文章に学ぶところがあるのであれば「自分の個性」として活用していくことができます。次のステップとして、意識した「自分の個性」を自己の意識としてアウトプットをすることです。
イントロダクションでも述べましたが、文章の上達においては「書くという行為」でプラクティスしていく過程が必要になります。書く行為を持続していくことによって、少しずつ書く感覚が研ぎ澄まされていくのです。
“書く” 行為は続けることで成果がでますので、「小説を書き続ける」意識を忘れずに継続的に続けることが極めて大切です。
“考える” から “自分の文章スタイルの確立”へ
今まで他の記事でも述べてきましたが、自分に強みのある専門的なジャンルがあれば、それを充分に活かすこと、すなわちオリジナル性のあるテーマを従えて作品を積み重ねていくことを強調してきました。
それによって、作品も一定のテーマに支えられて作品そのものも輝き出します。文章も卓越したいものを書きたいと思うのであれば、そのことに特化さ自分のテーマの知見を深めつつ書く行為がさらに文章に磨きがかかる変化が現れます。

技術を向上させたいと思う力は、【行動+思考】で円熟していくものと私は考えます。上記のように、どうしたら練習を積み重ねつつ力を伸ばせるかを考え、自分なりの認識と答えを出してそのスキルを自分のものにしていきましょう。
まとめ
重要なのは、練習とその継続で文章づくりの感性を養うことです。「読み、書き、考える」ことを常に意識しながら執筆を続けましょう。この三つの作業の一体化で、文章を書くセンスがゆっくりと培われていくのです。
潜在意識のなかで養われていくものですので、半年、一年と期限を区切るものでもありません。「継続」することがカギになります。焦らずにコツコツと続けていくうちに、きっと文章力の上達が認知できるときが来ることと思います。
私は「“継続” した学び」を50代になってから強く意識するようになり、働きながら再び文学を大学の通信教育で学び、知見を深めることができました。
表面上は誰でも文章を書くことができますが、作家としてひと味違ったいぶし銀のような作品を書きたいものです。ぜひ技術力を磨いていただき、文章のうまさで個性際立つ作品を残すことを願っています。

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