作品を練るときに、小説の書き出しをどう始めるかについては、読者を物語に引き込む最初の接点として、また作品全体の性格やテーマを暗示するうえでしっかりと構築しなければなりません。効果的な書き出しをするには、いくつかの手法と工夫が必要になりますので、実際に書き始める前に構築する考え方や具体的な方法、さらにアイデアをまとめて解説します。
書く前に “書き出しの性格” を理解する
書き出しは、物語の第一印象を決定づけるものです。初めのページから読者の心をつかむ文が、その後も読まれていくのです。読者がその先を読み進めるかどうかは、最初の数行にかかっていると言っても過言ではありません。特に次の要素を意識すると、効果的な書き出しができる手助けとなります。
プロットを作成する前の段階で、書き出しに必要ないくつかの性格を理解しましょう。これら基本事項をしっかりと理解したうえで、執筆の段階で役立ててください。
1.読者が関心を寄せる
まず、読者がどんな書き出しであれば、その先を読んでもらえるのかを考えてみましょう。
●読者が初めて出会う世界観やキャラクターに興味を抱かせるようにする必要があります。いわゆる、誘い込む手法は現代小説ではよく使用され、これから起ころうとする出来事をほのめかせる力を持ちます。書き出しのあとに起こる出来事がジワジワと頭の片隅に、にじみ出てくる効果があります。
「わたしが若い頃、父がこんな忠告をしたことがある――『人を批判したくなったら、誰もが君と同じような恵まれた境遇に生まれ育ったわけではないことを思い出しなさい。』」
F・スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』
上記の引用は読者が即座に「この忠告がどのような物語に繋がっていくのか」という興味に掻き立てられ、すぐに次の文に引き込まれていくのがわかります。
2.疑問を生ませる
読者に「続きが気になる」と思わせるには、疑問をはじめに提示すると、「その先を読んでみたい」という気持ちにさせることができます。
「ある日の暮れ方のことである。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。」
芥川龍之介『羅生門』
なぜこの下人は雨やみを待っているのか、羅生門にいるのかといった疑問が浮かびます。この導入が後の劇的な展開への伏線になっていることが興味深いところです。
3.雰囲気を作る
物語のトーンやテーマをはじめから提示して、読者を驚愕させたり、異種異様な雰囲気を創り上げていきます。
「ある朝、グレゴール・ザムザが目を覚ますと、自分が一匹の巨大な毒虫に変わっているのを発見した。」
フランツ・カフカ『変身』
有名な書き出しです。突拍子もない現象があまりにも淡々と語られ、その違和感が読者の注意を一気に引き付けます。ここから物語が一体どのように展開するのか、先を読まずにはいられません。
このように、カフカの書き出しは作品が持つ個性を反映し、読者の興味を喚起するために計算された要素が詰まっています。冒頭を考える際には、こうした例を参考にしながら、自分の作品のテーマやトーンに合ったアプローチを把握しておくことです。
そのほかに、村上春樹の小説では日常の中に不思議な違和感を持たせることで、読者を引き込む魅力がありますし、一方で、芥川龍之介のように詩的でリズミカルな一文で物語を始める例もあります。
4.詩的な描写で興味を引かせる
日常ではあまり感じられない自然美を表現しつつ、詩的な美しさをもって読者の心に響かせる手法です。
「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の葉を洩れて来るのか、霧がただよって来るのか、はっきりしない、ほのぼのとした薄明かりが私の一行を包んだ。」
川端康成『伊豆の踊子』
情景描写が美しく、物語の持つ感情や雰囲気を強く予感させています。読者は自然と主人公の旅とその先の出来事に関心を抱きますね。
書き出しの種類と手法
次に書き出しの種類とその手法にアプローチしてみましょう。
1.インパクトのある一文
一瞬で読者の心をつかむ書き出しは、鮮烈な印象を与えます。事件や状況を最初に明確に提示する方法は読者が関心を寄せる一因になります(以下に挙げた例は最も一般的な創作例として取り上げたものです)。
👉例1:
「その日、世界が終わった。」
短く断定的な一文が、物語のスケールやその先の緊張感を暗示しています。
👉例2:
「その日の朝、彼女は自分が死ぬことになると知りながら、コーヒーを二杯淹れた。」
サスペンスやミステリー風に文章をかざり、「謎」をほのめかしています。
👉例3:
「この世に魔法は存在しない──と、人々が信じていたのは、王都が一夜にして消え失せるまでのことだった。」
ファンタジー・冒険風に「神秘性」、「意外性」を含ませた一例です。
2.日常からの始まり
一見、普通の日常を描きながらも、どこかに非日常の気配を忍ばせることで、読者は「この後何が起こるのか」との疑問から興味を引かれていきます。
👉例4:
「目覚まし時計が鳴り響き、彼はいつもと変わらない朝を迎えた。」
何でもない一日の始まり。そのあとの数行で、日常が徐々に崩れていく描写を加えていくと効果的です。
3.キャラクターの魅力を前面に出す
登場人物の個性や視点を強調した書き出しは、キャラクターを中心に物語を展開したいときにとても有効です。詩的な美しさの描写で読者を取り込みたいところです。
👉例5:
「僕は三回目の転職をしたその日、奇妙な猫に出会った。」
キャラクターの独特そうな視点が読者を惹きつけていきます。
4.感情的な訴えかけ
読者の感情に直接訴える書き出しは、関心とともに共感を呼び起こしていきます。
👉例6:
「愛されることのない人生は、こんなにも冷たいものだと、彼女はその時初めて知った。」
感情を前面に出していくと、読者は早くも物語の核心に到達できると思い、関心を持って読み進めていきます。
5.謎を提示する
「書き出しの性格」で説明した物語の核心にせまる謎や疑問を最初に提示する手法です。
👉例7:
「あの手紙がなければ、全ては始まらなかった。」
読者は「手紙とは何なのか」、「これから何が始まるのか」と想像をかき立てられ、続きを知りたくなってきます。
テーマやジャンルに応じた書き出しの考え方
小説のジャンルやテーマに応じて、書き出しのスタイルを工夫することも大切ですので、例を挙げておきます。
1.ミステリー
緊張感を高めるために、不穏な描写や奇妙な出来事で始めると効果的です。
👉例8:
「血の匂いがまだ消えない部屋で、彼は静かにコーヒーを飲んでいた。」
殺人が起こった現場で、犯人が落ち着き払っているのでしょうか。それとも、家族が知らずに生活している場面なのでしょうか。何が起ころうとしているのかを不気味に暗示させる光景です。
2.ファンタジー
壮大な世界観や神秘的なイメージを伝えていくことで、読者の想像が幻想世界へと広がります。
👉例9:
「二つの月が輝く夜、古代の予言が現実となった。」
神秘性のある描写に読者の期待は初めから高まる書き出しです。
3.恋愛もの
主人公の心情や関係性にフォーカスした情感あふれる書き出しが向いています。
👉例10:
「彼女の笑顔を見た瞬間、世界が色づいたように感じた。」
相手方の彼女に対する恋愛観が、この一文でよく表現されています。
4.SF
未来的なテクノロジーやディストピア(不幸や抑圧が支配する未来社会)的な雰囲気を漂わせることで、先に起こるエピソード、ハプニングへの期待感が高まります。
👉例11:
「彼女の瞳に映るのは、人工の星空だった。」
科学への展望に希望を寄せる彼女の心情が伝わってきます。

私の書く小説は純文学ですが、書き出しをどう書くかは、すぐに定まるものではなく、やはりかなり悩みます。作品の特質を引き出すために、気に入るまでは何度も書き換えます。不思議と作品を最後まで書き切ると、全体のまとまりからふさわしい書き出しの文章が見えてくるものです。
書き出しのアイデアを広げるために
1.視覚的なイメージから発想する
風景や周囲の気になる光景、また人物の写真、絵画などを見て、そこから得られるインスピレーションを活用してみましょう。
日頃から体験したことなどは積極的に活用するようにしましょう。
2.書き出しの完成までと改善のプロセス
書き出しは実際に書こうとする段階で、一度で完璧に書き上げることができれば素晴らしいですが、何度も書き直して仕上げていくのが通常です。書き直しを重ねること認識したうえで、完成形にしていくことを知っておいてください。最適な形に近づけていくには、次のようなプロセスを理想として進めるとよいでしょう。
●初稿時の作成: まずは自由に書き出してみる。
●読み返しと調整: 書き出しが物語のテーマや雰囲気に合致しているか確認し調整する。
●第三者の意見を聞く: 他の人に読んでもらい、印象を尋ねる。

書き出しの技術を習得するためにも、日頃から他の小説家の作品を読んでおくことは大切だと思います。私も常に他の作品を読むように心がけています。小説家の特色を出している多様な技術を肌で感じてみて、独自のスタイルが確立できるようになるといいですね。
まとめ
小説の書き出しを始める前に考えておかなければならないことは、テーマやジャンルや読者層を意識しつつ、書き出しの多様な手法を駆使して最終的に自分の納得のいくものに仕上げる必要があります。
これは物語全体の成功を左右する鍵にもなりますので、書き出し文を書き終えても、あとから読み直すと改善する余地があると感じることは多いです。柔軟に試行錯誤を繰り返し、自由な発想を大切にしながら書き出しの文章を磨き上げていく気持ちを忘れないようにしましょう。


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